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『義士銘々伝』第2巻

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凡例
・吉良邸討ち入り参加者(いわゆる四十七士)は名前の前にが付いています。
・肖像には戒名が添えてりますが異同の確認のため、泉岳寺発行の『義士銘々伝』に載っている戒名を【戒名】以下に記しました。

瑤泉院

瑤泉院

瑤泉院(ようぜいいん)
【戒名】瑤泉院殿良瑩正燈大姉
【読み下し】
浅野因幡守の息女にして頗(すこぶ)る賢女の聞えあり、内匠頭吉良氏と事あるの日登城せんとするときに、奥方その辞色の常に異成を見て心に是(これ)を察し、侯を戸の内に送りて曰く、今日君無事にして家に帰りて、妾を見ることあらば幸いならんと、此(この)日果して事起りしといふ、

大石主税良金

大石主税良金,大石良金

大石主税良金(おおいし ちから よしかね)
【戒名】刃上樹劒信士
【読み下し】
良金は良雄の嫡男なり、十五才の時義士等と倶(とも)に関東に起(赴)き、翌年十六才にて討入の夜搦手の首長として手痛き働きをなし本懐を遂ぐ、若年の鑑(かがみ)といふべし、
辞世 極楽の道は一筋君とともに 阿弥陀をそえて四十八人

潮田又之丞高教と勝田新左衛門武堯

潮田又之丞高教,勝田新左衛門武堯,潮田高教,勝田武堯

潮田又之丞高教(うしおだ またのじょう たかのり)
【戒名】刃胸空劒信士
【読み下し】
高教は剣術に達し、手裏剣に妙を得たる忠勇の士たり、
辞世 もののふの道とばかりをひとすじに おもいたちぬる死出のたびじに

勝田新左衛門武尭(かつた しんざえもん たけたか)
【戒名】刃量霞劒信士
【読み下し】
武尭は赤穂譜代の臣なり、強勇の者なりければ、討入の時も目覚ましき働きをなし、同盟の義士等とともに誉(ほまれ)を顕しけり、

吉田沢右衛門兼定と矢頭右衛門七教兼

吉田沢右衛門兼定,矢頭右衛門七教兼,吉田兼定,矢頭教兼

吉田沢右衛門兼貞(よしだ さわえもん かねさだ)
【戒名】刃当掛劒信士
【読み下し】
吉田忠右衛門(忠左衞門)の実子なり、父とともに忠義の志厚く、流浪して麹町に住し田口左平太と変名せり、父に孝を尽くし朝夕心をつけて労(いたわ)りつかへり、誠に忠孝備わりし義士なり、

矢頭右衛門七教兼(やとう(やこうべ)えもしち のりかね)
【戒名】刃擲振劒信士
【読み下し】
辞世 雪の翌日(あす)爰(ここ)ぞ命の捨どころ 秀峯

萱野三平重実と間瀬久太夫正明

茅野三平常世,間瀬久太夫正明,茅野常世,間瀬正明

萱野三平重実(かやの さんぺい しげざね)
【読み下し】
常世は赤穂離散の後故郷へ赴むきける、父は老年に及び、心細さに関東へは弟和介を遣すべしと常世を無理に止めけるゆえ、父の言葉にそむく時は孝道を失い、盟約の義士等に背く時は忠義を欠く、君恩を報(むく)はざるは道にあらずと、忠孝の両道に迫り、事の始末を大石へ書置きなし、腹掻切って死たりけり、あつぱれ誠忠の義士というべし

間瀬久太夫正明(ませ きゅうだゆう まさあき)
【戒名】刃誉道剣信士
【読み下し】
正明ハ赤城(赤穂)退散の后(のち)浪花に住し、しばしば山科の大石の居宅に集会す、ある夜家に帰らんとせしに、一疋の大蛙数多の蛙と挑みあふ、終に大勢の蛙のために大蛙を喰い殺しければ、正明十矢一矢の譬えを思い出し、大石に語り義士等を急ぎ関東へ下しけるとなん、

奥田貞右衛門行高と三村次郎左衛門包常

奥田貞右衛門行高,三村次郎左衛門包常,奥田行高,三村包常

奥田貞右衛門行高(おくだ さだえもん ゆきたか)
【戒名】刃秋跳剣信士
【読み下し】
辞世 うち落す扇のさへや寒椿 行高

三村次郎左衛門包常(みむら じろうざえもん かねつね)
【戒名】刃珊瑚剣信士
【読み下し】
包常はその身小禄の小役人なりければ、赤穂退去の後は大石に随い若党の如くなれり、しかれども、志(こころざし)は金鉄のごとき誠忠の士なり、

村松喜兵衛秀直と杉野十平次次房

村松喜兵衛秀直,杉野十平次次房,村松秀直,杉野次房

村松喜兵衛秀直(むらまつ きへえ ひでなお)
【戒名】刃有梅剣信士
【読み下し】
辞世 命にもかへぬひとつは失わじ 逃げ隠れてもいかで逃れん

杉野十平次次房(すぎの じゅうへいじ つぎふさ)
【戒名】刃可仁剣信士
【読み下し】
治房は鎗術の達人にて、京師に在りても師範をなせり、実に豪傑の一人たり、

横川勘平宗利と小野寺幸右衛門秀富

横川勘平宗利,小野寺幸右衛門秀富,横川宗利,小野寺秀富

横川勘平宗利(よこかわ かんべい むねとし)
【戒名】刃常水剣信士
【読み下し】
辞世 まてしばし死出に遅速はあらずとも 我先立ちて道しるべせん

小野寺幸右衛門秀富(おのでら こうえもん ひでとみ)
【戒名】刃風颯剣信士
【読み下し】
秀富は十内秀和の養子なり、武術に通暁したる勇壮の士たり、

近松勘六行重と茅野和助常成

近松勘六行重,茅野和助常成,近松行重,茅野常成

近松勘六行重(ちかまつ かんろく ゆきしげ)
【戒名】刃随露剣信士
【読み下し】
行重は赤穂譜代の忠臣にて、武術に秀たる猛勇の士なり、

茅野和助常成(かやの わすけ つねなり)
【戒名】刃響機剣信士
【読み下し】
常成は弓術を克(よ)くす、また俳諧を好みて如柳といふ、討ち入りの時弓に付けたる短冊に 魂や風にはなるる凧(いかのぼり) 如柳
(辞世)天地の外はあらじな千くさだに のと咲野辺に枯るとおもへバ
※『義士銘々伝』(泉岳寺発行)では辞世の句として「天地の外はあらじな千種だに もと咲野辺にかゝると思へば」と紹介している。

岡島八十右衛門常樹と早水藤左衛門満堯

岡島八十右衛門常樹,早水藤左衛門満堯,岡島常樹,早水満堯

岡島八十右衛門常樹(おかじま やそえもん つねしげ)
【戒名】刃袖払剣信士
【読み下し】
常樹は赤穂退去の後、浪花に仮住す、腰の痛みに苦しみ、有馬の温泉にいたりける途中、山賊五人に出会いけれバ、悉く打ち倒し、並木の松にくくりしとぞ、その強勇この一事にてはかりしるべし、

早水藤左衛門満尭(はやみ とうざえもん みつたか)
【戒名】刃破了剣信士
【読み下し】
満尭は関東定府の臣なり、主家凶変起りて本国へ注進容易ならず、満尭早走りに妙を得たりしかば、関東より播州赤穂まて百七十余里を三日半に馳せ付け、第一番に注進せしとぞ、聞く人おどろきけるとなん、

吉田忠左衛門兼亮

吉田兼亮

吉田忠左衛門兼亮(よしだちゅうざえもんかねすけ)
【戒名】刃仲光剣信士
【読み下し】兼亮は軍学の師範をなせり、討入の節も搦手の大将たり、文武兼備の士なり、


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